こんにちは。
木津(@ayumukizu)です。巷ではムハンマドと呼ばれています。
6月になりました。
すでに何度か書いていることだけど、このブログの毎日更新は、ブログを始めて丸1年となる6/5で一旦終わりです。
その後どうするかはまだ決めていなくて、すぐに更新を再開するかもしれないけど、もう更新しないという可能性もある。
仮に6/5を1つの区切りとすると、このブログで記事を書くのはあと4回です。
さて、何を書こうか。
1回は、「僕が大切にしている7つのこと」を更新しようと思っています。
また今日から千葉県の金谷に行くので、「居候男子金谷編のテーマと、〜」という記事は書きたい。
今日は、1年前の自分に向けて書きます。
1年前の自分が知らなくて、今の自分が知っていることの中で、もっとも重要だと思うことを書く。
確証のない未来に向けて、淡々と爪を研ぐこと。
今だって、状況がそれほど変わったという訳ではないけども。
少なくとも1年前は、今よりももっと焦っていたような気がします。
前を走るプレーヤーたちの背中をみて、「自分ももっと頑張らないといけない」と思っていました。
「もっと頑張らないといけない」と思うこと自体は、そう悪いことではないと思います。
問題なのは、僕が結果を出すことに焦っていたこと。
可能な限り早く結果を出したいと思っていたし、だからこそ、結果が出るイメージが沸きやすいことにしか挑戦できなかった。
そしていざ何かを始めてみても、結果が出るイメージが沸かなくなってきたら、すぐに迷いました。
「本当に大丈夫なの?」
そんな風に周囲から心配の声をかけられるたびに、ブレた。
「迷いながら漠然と時間を消費するのはよくない。」
そんな自らの納得感に従って、何度も手放し、自らふりだしに戻しました。
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ただ今考えると、そんな1年前の自分に対しては、明確に1つ言えることがあります。
それは、「結果が出るイメージなんてものは幻想である」ということ。
確かにもう少し前までは、結果が出るイメージが明確に浮かぶことがあったのかも知れません。
例えば受験や就活は、目標がはっきりしてさえいれば、そこに向けて努力をすればするほど結果が出るイメージが明確になった。
やればやるほど、安心することができました。
でも社会に出てからは、(長い目で見た)結果に対して確証を持てる場面なんてほとんどありません。
特に、いわゆる”敷かれたレール”を外れたことがある/外れようとしている人は、そこに至る前に約束されている未来なんて何もない。
自分でレールを引いていくしかないから、やってもやっても、明確にあるのは足元の”過程”だけです。
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そこに至る前に見る”結果”は、所詮自らの意志が見せる虚像。
意志があれば見えるし、意志がなければ見えません。
言ってしまえば、単なる思い込みでしかない。
でも、多分みんなそうで。
当時前を走っていたプレーヤーたちだって、確証された未来が見えていた訳ではないのだと思います。
確証のない未来を盲信する、度胸があっただけ。
盲信し、力ずくで手繰り寄せる、気概があっただけ。
参照:成功者の声が溢れる時代だから、自分で正解をつくるしかない
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今だって、状況がそれほど変わったという訳ではないけども。
少なくとも1年前のように、漠然とした焦りはありません。
やれることは日々淡々と爪を研ぐことしかなく、それが唯一の正解だと知っているから。
結果については、自分がコントロールできる範囲の話ではありません。
参照:孤独と戦うしかない
まずは足を動かして、ビジョンを描く。
ビジョンとはとどのつまり、自分だけが盲信している虚像です。
あとは自分の描いたビジョンに向けて、日々淡々と爪を研ぐだけ。
夢を追うっていうことは、この世界でまだ自分しか知らない真実を見つけ出して、それを証明するために生きるってことだと思うんだよね。
— 木津 歩|居候男子 (@ayumukizu) 2019年1月17日
出口が見えないまま永遠に爪を研いでいるだけの時間は、誰にでも必ずあります。
終わりに
以上です。
千葉県の金谷に向かう電車の中で書いているのですが、2時間もかからずに着いてしまうの本当にやばいです。
めっちゃ近い。
6月はまるまる1ヶ月千葉県富津市にいます。お世話になるのはコワーキングスペース「まるも」。東京から2時間くらいで来れるので、是非遊びに来てね。
▼まるもhttps://t.co/XQgtXsoqx4 pic.twitter.com/CNEUpejJd0
— 木津 歩|居候男子 (@ayumukizu) 2019年5月29日
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